私がどの様にアダルトチルドレンを回復したか

アダルトチルドレンだった私が、どの様にしてアダルトチルドレンを回復したのか体験談と経験を元に
書いていこうと思います。

 

アダルトチルドレンになった過去の出来事


私の幼少期を自分で振り返ると、内気な子供だったと思います。少し何を考えているのか分からないような行動をする事もあったと思います。
共働きだった両親は、私や兄弟を保育園に預け仕事を遅くまで頑張っていました。
ほとんど、両親と会話した覚えがありません。小さい私たちも面倒は祖母がしてくれました。
そして、記憶にあるのは幼い頃から人とのつながりが苦手で、兄弟とばかり遊んでいました。
ある時、私の親指が2倍に腫れあがり、母は仕事を遅刻して病院へ連れて行ってくれたことがありました。
メスでばい菌が入った親指を切開し、消毒する処置をしてもらいました。
母と二人っきりで一緒にいられる事が嬉しくて、痛みよりも喜びを今でも覚えています。
そして、翌週病院へ行くはずだった日、母は仕事だから行けないから違う日に行こう。と言われ
どうしても気に入らない私は、一人で子供の足で40分掛かる病院へ歩いていきました。
当然、看護師さんに「お母さんは?」と驚かれ、「お母さんと一緒に来てね」と帰されました。
母が探しに来て、保育園に連れていかれたんですが、保育園の先生にとても怒られ、母が泣いていたのを
今でも覚えています。

私は母と過ごせるならどんな手段でも使ってでも、普段一緒に居られない母と一緒に居たかった。
それだけだったんですが、上手く言葉を扱えない代わりに行動で示すしかなっかった。
だけど、結果的に母を苦しめる事をしてしまい、強い罪悪感を感じていました。

私の父は仕事が忙しく、全然夜も帰ってこない人だったのですが、たまに家にいるとお酒を飲んで怒ったり、「うるせーーー!」と遊んでいる私たち兄弟は蹴られたり叩かれたりしました。
幼い私にとって父はとても怖い存在だったのです。

ある夜、母の鳴き声で目が覚めました。
受話器を耳に当て泣きながら必死に「お願いだから帰ってきて」と言っている母の姿が見えました。
心配になり起き上がり母のもとへ行くと、受話器を渡され「もしもし?」と出ると父の声がしました。
「真末か…お父さんちょっとまだ帰れないんだ。」と言われたのを覚えています。
私はただ母の真似をして泣きながら意味も分からずただ「帰ってきて」と繰り返し言ったのを覚えています。

その日以降、父から連絡が来ることもなく、帰ってくることもありませんでした。

母は実家に帰る事を選択し、私たちを連れ祖父母の家でしばらくお世話になることになりました。
私が小学1年生の頃の事です。
着いてすぐ、祖父は私たちの姿を見て「なんで子供を連れてきたんだ!!」と母に怒鳴りつけました。

祖父母に気を遣う母の姿、仕事を探し必死に私たちを育てようとする母の姿。
理由は分からないけど夜一人で泣いている姿…
私はそのすべてが嫌でした。「ありがとう」という気持ちよりも、なぜか私の心の中に罪悪感があった。
ずっと不安だった。本当は私はいらない子なんじゃないか…
本当はここに居てはいけなかったんじゃないか…そんな思いが私の心にずっとあった。

小学三年生の時、なぜか理由は分からないけど、祖父母の家に私たち家族は1カ月ほど泊まりに行ったことがありました。
その時に祖父から性的虐待を受け、私の心は完全に閉ざされていった。
そんな私に追い打ちをかけるように、親友の引っ越し。そして、学校でのイジメ。全てが地獄のように感じた小学生の私。

帰りたい。優しかった父の祖母の所に…ずっと言えなかった言葉。

居場所を感じられなかった幼少期。人を信じられなかった幼少期。
安心できる場所がなかった幼少期を過ごしてきました。

 

カウンセリングを受ける決意


その後、ずっと生き辛さを抱えながらも、何とか生き延びてきました。
自分でいうのもおかしな言葉ですが、本当に何とか生き延びてきた。
何度も消えてしまいたくて、リストカットをしたり、人が怖くて外に出られなくなったりした中で
もがきながら生きてきた。子供にもなかなか愛情を注げず、自己嫌悪に陥ったり、会社でいじめにあったりしながら、なんとか生きてきた。

ある時、図書館に子供と行ったときに見つけた一冊の本からカウンセリングを知りました。
一気にその本を読み終え、カウンセリングを受けたい!私も、子供と一緒に笑いたい!
今度こそ、子供たちの良いお母さんになりたい!そんな気持ちからカウンセリングをしてもらえる場所を探しました。パソコンもまだなかったから、電話帳で探すと、その当時は3件しかみつからなかった。

期待感と不安感とで受話器を上げ、問い合わせの電話をしたの事を今でも覚えています。

この当時は、症状がひどく

  • 無気力
  • 自殺念慮
  • 性的虐待のフラッシュバック
  • 不安感
  • 孤独感
  • 離人感
  • 恐怖感

が強く出ていて、今でもその当時の事を思い出そうとすると黒い靄がかかっているように、はっきりと思い出せないほど、自分として生きている感覚がありませんでした。

 

カウンセリングを受ければ受けるほど、周りの家族が驚くほど、私は回復していきました。
朝起きて、子供に「いってらっしゃい」と学校におくりだせる喜び、子供と公園で遊べる喜び
周りの人が出来ていることが私にも出来る喜び、目に映るもの感じるものが全て楽しく嬉しく感じ
新しい私を感じる事が出来た。

あんなに悩んでいたことが完全に無くなった訳ではないけど、薄れっていっているのを感じていました。

そうなれたのは、過去に起きた事で感じていた

罪悪感を取り除く事
苦しめている価値観を書き換えていく事
私が私を認める事
大切にしてあげる事 

を学び、私は回復していきました。

幼い頃に祖父に言われた「なんで子供を連れてきたんだ!!」という言葉が、私はここに居るべき存在ではないという罪悪感を創り出していて、私は遠慮して生きていかないといけない。迷惑な存在なんだという価値観を作り出していた。それをカウンセラーの先生と共に認めていき。
私の存在が悪かったんではなく、私は大切な存在だったと知り、私はここにいても良い存在で、守られる存在なんだと自分を大切にすることを学んでいきました。

性的虐待のフラッシュバックは、私自身が心の奥底で感じていた本音の「怖かった。悲しかった。嫌だった。でも、誰かに必要とされたかった。」という歪んでいるけど、求めていた心の声に私が気づいて、私が必要とし、気持ちに共感をしてあげる。そして、どうしてこんな目に遭わなくてはいけなっかたのか。という自分が呪われているような気持ちは、通り魔殺人の被害者は、何も悪くなくて、ただその道をたまたま通っていて不幸にも事件に巻き込まれたように、私の何かが悪くて虐待されたのではなく、虐待が起こったことが辛くて、悲しいと素直に感じる事で癒されて行きました。

ずっと自分が全て悪いように感じていました。この不幸は私が前世で悪いことをしたから起きているのだから、幸せになれるはずはない。と諦めかけていた気持ちが、私は確かに辛くて、苦しくて、助けてほしかったんだ。と素直な気持ちに気付いて、受け容れてきた事や、過去に起きたトラウマを癒していくうちに、自殺念慮や不安感・孤独感・無気力感もなくなり、不思議と自分を大切に出来るようになると、あんなにイジメられていたのに、人からも大切にされたり、人を大切に感じたりすることが増えていきました。

今では、トラウマとなった出来事を思い出す事があっても、私はありのまま自分の辛さを感じる事を認める事が出来ますし、その痛みを感じる事に罪悪感や嫌悪感を抱くこともありません。

そして、その経験があったからこそ私は私でいられる。と心から感謝しています。

誰かの経験ではなく自分で経験したからこそ、リアルに感じる苦しみや辛さ、そしてそれを乗り越えて感じた温かさや、幸せ、そして乗り越え方を伝えたくてカウンセラーになりました。

乗り越えたからこそ分かる痛みや辛さ、そして乗り越えたからこそできるカウンセリングや心理療法があります。

 

トラウマの癒しに遅い早いという時間は関係ありません。あなたが必要だと感じた時に癒しを開始すれば良いのです。人生を無駄に過ごしてきた。と感じる必要もありません。

アダルトチルドレンを回復する為の独自のカウンセリング・心理療法をご用意してお待ちしております。

お電話でのお問い合わせは 055-288-0948

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